
毎日一つずつ楽しいことを見つけて幸せに暮らす実験・・・のはずが現在K-POP+韓国ドラマ偏重中
by solcov
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本当に戦争嫌いですか?
実は年甲斐もなくテレビゲームにはまっている。
『エースコンバット6 解放への戦火』という、戦闘機に乗ってドッグファイトをやったり地上を爆撃したりする暴力的かつ好戦的なゲームだ。
最初はすぐ墜落してしまうし、ちょっともたもたしていると味方が全滅していたりするのだが、何回か繰り返すうちにだんだんと思い通りに作戦を遂行できるようになる。勲章だってもらえるし、味方からちやほやされたりもする。
ここだけの話だが、去年の今頃は毎日夜中12時帰宅・4時半起床という生活だったにも関わらず『ギアーズ・オブ・ウォー』なるゲームをやりまくっていた。こっちはチェーンソー付きのマシンガンを抱えて人間そっくりのエイリアンと銃撃戦を繰り広げる、これまた暴力的で好戦的なゲームだった(チェーンソーをどういう風に使うかはご想像にお任せする)。
どちらもこの上なく面白い。
架空の世界の出来事なので、何人殺したって構わないし、何度死んだって再挑戦できる。
もしかすると、「人が死ぬ」ことさえなければ、現実の戦争も面白いのかも知れない。
人ではなくロボットを操って勝敗を決めるような戦争だったら、戦争に反対する人の数は減ってしまうのかも知れない。
あるいは、「敵は人間に似ているが人間ではない、極悪非道な生物だ」ということになれば使命感を持って殺しに行く人間だって出てくるかも知れない。
人が死んだり、殺されたりすることに抵抗を感じない人は極めて少数だろうと思う。
だが、「人の死」を実感せずに済むような方法でなら、戦争に抵抗を感じない人というのは結構多いのではないかと思ってしまった。こういうゲームを楽しんでいるということは、多分僕もその可能性を持っている一人なのだ。
そう考えると、「人の死」という切り口から戦争を否定するのは意外に効果がないのかも知れない。
遠い外国で、全く違う文化と価値観を持って生活している人々を、自分と同じ人間だと実感することは口で言うほど簡単ではないが、「あいつらは人間じゃない」と思い込むのはそう難しくないからだ。
『エースコンバット6 解放への戦火』という、戦闘機に乗ってドッグファイトをやったり地上を爆撃したりする暴力的かつ好戦的なゲームだ。
最初はすぐ墜落してしまうし、ちょっともたもたしていると味方が全滅していたりするのだが、何回か繰り返すうちにだんだんと思い通りに作戦を遂行できるようになる。勲章だってもらえるし、味方からちやほやされたりもする。
ここだけの話だが、去年の今頃は毎日夜中12時帰宅・4時半起床という生活だったにも関わらず『ギアーズ・オブ・ウォー』なるゲームをやりまくっていた。こっちはチェーンソー付きのマシンガンを抱えて人間そっくりのエイリアンと銃撃戦を繰り広げる、これまた暴力的で好戦的なゲームだった(チェーンソーをどういう風に使うかはご想像にお任せする)。
どちらもこの上なく面白い。
架空の世界の出来事なので、何人殺したって構わないし、何度死んだって再挑戦できる。
もしかすると、「人が死ぬ」ことさえなければ、現実の戦争も面白いのかも知れない。
人ではなくロボットを操って勝敗を決めるような戦争だったら、戦争に反対する人の数は減ってしまうのかも知れない。
あるいは、「敵は人間に似ているが人間ではない、極悪非道な生物だ」ということになれば使命感を持って殺しに行く人間だって出てくるかも知れない。
人が死んだり、殺されたりすることに抵抗を感じない人は極めて少数だろうと思う。
だが、「人の死」を実感せずに済むような方法でなら、戦争に抵抗を感じない人というのは結構多いのではないかと思ってしまった。こういうゲームを楽しんでいるということは、多分僕もその可能性を持っている一人なのだ。
そう考えると、「人の死」という切り口から戦争を否定するのは意外に効果がないのかも知れない。
遠い外国で、全く違う文化と価値観を持って生活している人々を、自分と同じ人間だと実感することは口で言うほど簡単ではないが、「あいつらは人間じゃない」と思い込むのはそう難しくないからだ。
by solcov
| 2007-12-03 00:43
| その他娯楽
