
毎日一つずつ楽しいことを見つけて幸せに暮らす実験・・・のはずが現在K-POP+韓国ドラマ偏重中
by solcov
カテゴリ
全体音楽(K-POP)
音楽(その他)
映画
文芸
本
テレビ
韓国ドラマ
マンガ
生活
仕事
NBA
時事
アニメ
新大久保
DVD
猫
その他娯楽
未分類
以前の記事
2017年 09月2017年 01月
2016年 10月
2016年 01月
2015年 12月
more...
男の韓ドラ好評(未確認)発売中!
韓国ドラマ通信
solcovの男の韓ドラ
underground
grund's shelter
life is Beautiful
ブックマーク
私を登録 By BlogPeople
Recent tracks

フォロー中のブログ
ええねん日記良い子の学習帳
@@猟奇的な映画情報局@@
rencia`s ...
サランヘヨ 韓国ドラマ
クニャン カジャ~♪
人生メジャー化計画
さらんへ~
TURTLE STYLE
三番目の住人
ひとり言。
愛とは理由を言えないもの・・・
Natural
http://smaps...
ORANGE Note~...
まきもきや
韓国ドラマ Inform...
ソウルに住む日本人主婦の...
亜州的日日 [Asian...
韓☆スタ
シム家の食卓@完全クローズ
『大長今』ストーリーガイ...
尼雄の音楽日記 ー道は星...
if you see h...
web備忘録
KAORI'S ROOM
seefall 終わらない物語
あるびん・いむのピリ日記
hoop NBA fro...
JUSAWI
野宮真貴のおしゃれブログ
酸いも甘いも☆ 釜山大スキ!
韓国人、嫌韓を見る
羅鰤威韓国留学日記
かおり★おかき『エル・カ...
aj・staff's blog
FREEBIRD WEB...
ブログパーツ
今死ななきゃダメですか?
君がいなくても地球は回るけれど、君がいなくてはそれは分からない。
みけさんのところからトラックバック。
僕は「大人が子供に対して生きているべき理由を示せていない」と前のエントリーで書いた。
書いてはみたものの、僕もそれをどうやって示せばいいのかは全くわからない。
それ以前に、そんなものが本当にあるのかどうかも不明だ。
宗教的な価値観を援用せずに説明することは不可能なのではないかとも思う。
今の僕を個人的に知っている人には想像もつかないかも知れないが、僕は自殺しかけたことがある。手摺りに片足をかけ、あと少し重心を移せばそのまま落下するという状態まで行った。
その不自然で窮屈な体勢を取ったまま、僕は数秒間色んなことを考えた。
落下先はビルとビルの隙間だ。多分何日かは誰にも気づかれないだろう。
家族はきっと悲しむに違いない。けれど、それは僕が死んだという事実を悲しむのであって、どういう死に方をしたかは余り関係ないだろう。そういう意味では病死だろうが事故死だろうが自殺だろうが同じことだ。第一、遺書も書いてないんだから自殺なのか事故死なのかは多分判らない。
僕の周りの人たちもしばらくは悲しむだろう。1年か2年か、それくらいは悲しい事件として記憶してくれるかも知れない。だが、彼らにも彼らの人生がある訳で、そうそう他人の死を気にしている余裕はないはずだ。
それ以外のいわゆる「他人」にとっては、僕が死のうが生きようがどうでもいいことだ。僕自身、他人の自殺記事なんて大して気にとめないし、知人が自殺したことを年中覚えている訳でもない。
そう思うと、人の命が何とも取るに足らないもののように感じられた。
もういい加減大人だったので、「人の命は地球よりも重い」なんて世迷い言を信じてはいなかったが、そこまで軽いものとも思っていなかったので、ちょっとショックだった。
だとしたら、僕が自分の人生をどう使おうが、人の知ったことじゃない。生きたいように生きて好きなときに死ねばいいんじゃないか。
生き方を変える必要もない。どうせ僕の人生に責任を持てるのは僕一人なんだから。
僕がいてもいなくても世の中の大勢に影響はない。
僕が好き勝手に生きていてもそれは同じだ。
これまで長いこと我慢してきて、僕はなんて人生を無駄遣いしてしまったんだろう。
何かして欲しいなら頭を下げて頼めよ。自分の人生をねじ曲げてまで他人に合わせてやる筋合いなんてないぞ。
とりあえず今日死ぬのは止めよう。このところ我慢してやってなかったことを全部やろう。
そういえばもうすぐNBAファイナルも始まるじゃないか。僕が苦しんでいることにすら気がつかない連中に合わせるより、試合の方が大事だ。明日からファイナルが終る7月くらいまでズル休みしよう。
その日、僕の人生観は変わってしまったかも知れない。
やりたいことだけをやって生きようと思った。
面倒でやりたくないことがあったとする。
それをやるのに要する忍耐と、やらずにほったらかしたために発生するであろう不愉快な事態を受け入れるのに要する忍耐を天秤にかける。
やった方が楽だと思えばやる。
ほったらかした方が楽だと思えばやらない。
未だに僕の人生はそういう選択の繰り返しだ。
割に合わない我慢はしないという、ある意味唯我独尊な人生を今日まで送って来たが、今のところ大きなトラブルもなく無事に済んでいる。
この文章を読んでくれている人の中に自殺を考えている人がいるのかいないのか判らないが、もしあなたが本当に今死にたいと思っているのなら僕はそれを止めようとは思わない。
この先あなたが自殺しなくて良かったと思えるかどうか、僕は保証してあげられないから。
けれど、今でなければ本当にダメなのかは一度考えてみて欲しいと思う。
しなくてもいい我慢を止める方法は案外その辺にゴロゴロ転がっているものだ。
みけさんのところからトラックバック。
僕は「大人が子供に対して生きているべき理由を示せていない」と前のエントリーで書いた。
書いてはみたものの、僕もそれをどうやって示せばいいのかは全くわからない。
それ以前に、そんなものが本当にあるのかどうかも不明だ。
宗教的な価値観を援用せずに説明することは不可能なのではないかとも思う。
今の僕を個人的に知っている人には想像もつかないかも知れないが、僕は自殺しかけたことがある。手摺りに片足をかけ、あと少し重心を移せばそのまま落下するという状態まで行った。
その不自然で窮屈な体勢を取ったまま、僕は数秒間色んなことを考えた。
落下先はビルとビルの隙間だ。多分何日かは誰にも気づかれないだろう。
家族はきっと悲しむに違いない。けれど、それは僕が死んだという事実を悲しむのであって、どういう死に方をしたかは余り関係ないだろう。そういう意味では病死だろうが事故死だろうが自殺だろうが同じことだ。第一、遺書も書いてないんだから自殺なのか事故死なのかは多分判らない。
僕の周りの人たちもしばらくは悲しむだろう。1年か2年か、それくらいは悲しい事件として記憶してくれるかも知れない。だが、彼らにも彼らの人生がある訳で、そうそう他人の死を気にしている余裕はないはずだ。
それ以外のいわゆる「他人」にとっては、僕が死のうが生きようがどうでもいいことだ。僕自身、他人の自殺記事なんて大して気にとめないし、知人が自殺したことを年中覚えている訳でもない。
そう思うと、人の命が何とも取るに足らないもののように感じられた。
もういい加減大人だったので、「人の命は地球よりも重い」なんて世迷い言を信じてはいなかったが、そこまで軽いものとも思っていなかったので、ちょっとショックだった。
だとしたら、僕が自分の人生をどう使おうが、人の知ったことじゃない。生きたいように生きて好きなときに死ねばいいんじゃないか。
生き方を変える必要もない。どうせ僕の人生に責任を持てるのは僕一人なんだから。
僕がいてもいなくても世の中の大勢に影響はない。
僕が好き勝手に生きていてもそれは同じだ。
これまで長いこと我慢してきて、僕はなんて人生を無駄遣いしてしまったんだろう。
何かして欲しいなら頭を下げて頼めよ。自分の人生をねじ曲げてまで他人に合わせてやる筋合いなんてないぞ。
とりあえず今日死ぬのは止めよう。このところ我慢してやってなかったことを全部やろう。
そういえばもうすぐNBAファイナルも始まるじゃないか。僕が苦しんでいることにすら気がつかない連中に合わせるより、試合の方が大事だ。明日からファイナルが終る7月くらいまでズル休みしよう。
その日、僕の人生観は変わってしまったかも知れない。
やりたいことだけをやって生きようと思った。
面倒でやりたくないことがあったとする。
それをやるのに要する忍耐と、やらずにほったらかしたために発生するであろう不愉快な事態を受け入れるのに要する忍耐を天秤にかける。
やった方が楽だと思えばやる。
ほったらかした方が楽だと思えばやらない。
未だに僕の人生はそういう選択の繰り返しだ。
割に合わない我慢はしないという、ある意味唯我独尊な人生を今日まで送って来たが、今のところ大きなトラブルもなく無事に済んでいる。
この文章を読んでくれている人の中に自殺を考えている人がいるのかいないのか判らないが、もしあなたが本当に今死にたいと思っているのなら僕はそれを止めようとは思わない。
この先あなたが自殺しなくて良かったと思えるかどうか、僕は保証してあげられないから。
けれど、今でなければ本当にダメなのかは一度考えてみて欲しいと思う。
しなくてもいい我慢を止める方法は案外その辺にゴロゴロ転がっているものだ。
by solcov
| 2006-11-19 13:20
