毎日一つずつ楽しいことを見つけて幸せに暮らす実験・・・のはずが現在K-POP+韓国ドラマ偏重中
by solcov
カテゴリ
全体音楽(K-POP)
音楽(その他)
映画
文芸
本
テレビ
韓国ドラマ
マンガ
生活
仕事
NBA
時事
アニメ
新大久保
DVD
猫
その他娯楽
未分類
以前の記事
2017年 09月2017年 01月
2016年 10月
2016年 01月
2015年 12月
more...
男の韓ドラ
好評(未確認)発売中!
韓国ドラマ通信
solcovの男の韓ドラ
underground
grund's shelter
life is Beautiful
ブックマーク
私を登録 By BlogPeople
Recent tracks
好評(未確認)発売中!
韓国ドラマ通信
solcovの男の韓ドラ
underground
grund's shelter
life is Beautiful
ブックマーク
私を登録 By BlogPeople
Recent tracks
フォロー中のブログ
ええねん日記良い子の学習帳
@@猟奇的な映画情報局@@
rencia`s ...
サランヘヨ 韓国ドラマ
クニャン カジャ~♪
人生メジャー化計画
さらんへ~
TURTLE STYLE
三番目の住人
ひとり言。
愛とは理由を言えないもの・・・
Natural
http://smaps...
ORANGE Note~...
まきもきや
韓国ドラマ Inform...
ソウルに住む日本人主婦の...
亜州的日日 [Asian...
韓☆スタ
シム家の食卓@完全クローズ
『大長今』ストーリーガイ...
尼雄の音楽日記 ー道は星...
if you see h...
web備忘録
KAORI'S ROOM
seefall 終わらない物語
あるびん・いむのピリ日記
hoop NBA fro...
JUSAWI
野宮真貴のおしゃれブログ
酸いも甘いも☆ 釜山大スキ!
韓国人、嫌韓を見る
羅鰤威韓国留学日記
かおり★おかき『エル・カ...
aj・staff's blog
FREEBIRD WEB...
ブログパーツ
煙草が好き
僕は煙草が好きだ。
「禁煙しようと思うんだけど、何となくすっちゃうんだよね~」というような煙草への愛を否定する輩や、1mgなどと書いてある煙草を吸っているような軟弱者とは違う。積極的に大好きだ。
多くの人が、初めて煙草を吸った時はそんなに旨いと思わなかったと言うのだが、僕は初めて吸った一本目から「なんて旨いんだ!」と思った。
だからといって、いつでもどこでも吸って良いとは思わない。吸ってはいけない場所の方が恐らく多い。
これほど煙草を愛する僕がそうして暮らしているのに、上に書いたようなエセ愛煙家が路上喫煙しているなど、もっての他である。特に、1mg系煙草を吸うような連中はストローをくわえて深呼吸でもしていればよろしい。
昨日ヒストリーチャンネルの『和の学校』という番組で創業百年の京菓子司である「末富」を紹介していた。
その中で、現在の当主が「ヘルシーということを言われるのは嫌いだ」と言っていたのが印象的だった。健康に良いとか何とかではなく、美味しいものを食べるという文化の価値を考えて欲しい、と。嗜好品を楽しむことは文化的行為なのだ。健康を維持するために何かを食べるのとは本質的に違う。
和菓子と違って煙草の煙は多くの人に不快感を与える。愛煙家であっても他人の吐き出す煙は嫌う人がいるくらいだ。
だから、他人のいる場所で煙草を吸わないのは当然のことだ。他人が好む嗜好品のために、不快な思いをするなどという没義道な話があって良いはずがない。
僕は歩行禁煙は当然だと思うし、分煙・禁煙の施設が増えるのは喫煙人口から考えて避け難いことだとも思う。
ただ、「健康増進法」などというもので規制されるのが気に入らないのだ。
「迷惑防止条例」の方が遥かに適切だし、煙草を吸わない人に副流煙を吸わせるのはそれらの条例で言う「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為」以外の何ものでもない。「煙草の煙が嫌」と言っている人に煙を吸わせない理由として、発癌性その他医学的な裏付けなど必要ないのである。「迷惑だから止めろ」だけで十分だ。
「健康増進法」の発想は、「末富」ほどの菓子司に対して「ヘルシーでいいですね」などと言ってしまう無神経さに似ていると思う。
ベクトルはまるで逆だが、「美味しいものを食べる文化」を軽視するのと同様に、「嫌なものを身の回りから排除する」文化を軽視しているのだ。
健康を害するからという理屈で禁止するのなら、人体に全く無害な煙草の代用品が出てきたら分煙も禁煙もしなくて良いことになるし、携帯灰皿さえ持っていればどんな場所で喫煙しても認められるはずだ。
平気で路上喫煙する連中も、それを「健康増進法」で取り締まろうとする連中も、等しく文化的ではないと思う。
「禁煙しようと思うんだけど、何となくすっちゃうんだよね~」というような煙草への愛を否定する輩や、1mgなどと書いてある煙草を吸っているような軟弱者とは違う。積極的に大好きだ。
多くの人が、初めて煙草を吸った時はそんなに旨いと思わなかったと言うのだが、僕は初めて吸った一本目から「なんて旨いんだ!」と思った。
だからといって、いつでもどこでも吸って良いとは思わない。吸ってはいけない場所の方が恐らく多い。
これほど煙草を愛する僕がそうして暮らしているのに、上に書いたようなエセ愛煙家が路上喫煙しているなど、もっての他である。特に、1mg系煙草を吸うような連中はストローをくわえて深呼吸でもしていればよろしい。
昨日ヒストリーチャンネルの『和の学校』という番組で創業百年の京菓子司である「末富」を紹介していた。
その中で、現在の当主が「ヘルシーということを言われるのは嫌いだ」と言っていたのが印象的だった。健康に良いとか何とかではなく、美味しいものを食べるという文化の価値を考えて欲しい、と。嗜好品を楽しむことは文化的行為なのだ。健康を維持するために何かを食べるのとは本質的に違う。
和菓子と違って煙草の煙は多くの人に不快感を与える。愛煙家であっても他人の吐き出す煙は嫌う人がいるくらいだ。
だから、他人のいる場所で煙草を吸わないのは当然のことだ。他人が好む嗜好品のために、不快な思いをするなどという没義道な話があって良いはずがない。
僕は歩行禁煙は当然だと思うし、分煙・禁煙の施設が増えるのは喫煙人口から考えて避け難いことだとも思う。
ただ、「健康増進法」などというもので規制されるのが気に入らないのだ。
「迷惑防止条例」の方が遥かに適切だし、煙草を吸わない人に副流煙を吸わせるのはそれらの条例で言う「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為」以外の何ものでもない。「煙草の煙が嫌」と言っている人に煙を吸わせない理由として、発癌性その他医学的な裏付けなど必要ないのである。「迷惑だから止めろ」だけで十分だ。
「健康増進法」の発想は、「末富」ほどの菓子司に対して「ヘルシーでいいですね」などと言ってしまう無神経さに似ていると思う。
ベクトルはまるで逆だが、「美味しいものを食べる文化」を軽視するのと同様に、「嫌なものを身の回りから排除する」文化を軽視しているのだ。
健康を害するからという理屈で禁止するのなら、人体に全く無害な煙草の代用品が出てきたら分煙も禁煙もしなくて良いことになるし、携帯灰皿さえ持っていればどんな場所で喫煙しても認められるはずだ。
平気で路上喫煙する連中も、それを「健康増進法」で取り締まろうとする連中も、等しく文化的ではないと思う。
by solcov
| 2004-05-16 03:09
| 生活