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by solcov
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火星のプリンセスとジョン・カーター
ジョン・カーター、デジャー・ソリス、タルス・タルカス。
古手のSFファンにとって、これらは神聖にして侵すべからざる名前である。

僕が高校生の頃、アメリカのSTARLOGという映像系SF専門誌の日本版が刊行されるようになった。その雑誌を通じて僕はアメリカのSF・ファンタジーアートの世界に初めて触れたのだが、特にフランク・フラゼッタの作品群には度肝を抜かれた。荒唐無稽な有り得ない世界を、まるで見てきたような生々しさで描き出すイラストレーターだ。そのフラゼッタの作品の中に、「A Princess of Mars」と題された絵がある。
『火星のプリンセス』。エドガー・ライス・バローズの古典的SFの傑作であり、現在劇場公開中の映画『ジョン・カーター』の原作である。

『火星のプリンセス』は日本でも人気があり、ファンの間では武部本一郎が描いた創元SF文庫の表紙のイメージが広く認知されていた(宇宙ステーションと飛行機は元々描かれていなかったのだが、SFっぽいアイテムをどこかに入れて欲しいという出版社の要請によって後から付け加えられたものらしい。そう思って見と、違和感もひとしおである)。

両者の描く「火星のプリンセス」デジャー・ソリス像は全く異なっていて、僕はそれぞれに好きなのだが、印象の強さという点ではやはりフランク・フラゼッタに軍配が上がると思う。
彼らの他にも、デジャー・ソリスを描いた画家は世界中にたくさんいるのだが、僕は未だにフランク・フラゼッタ以上に鮮烈なデジャー・ソリスを描いた作品は見たことがない。

映画『ジョン・カーター』のデジャー・ソリスはどうだったろうか。

残念ながら、フランク・フラゼッタにも武部本一郎にも及ばなかったというのが僕の感想だ。

映像の迫力はかなりのものだし、ストーリー展開上も原作にはない面白さを付け加えている部分もある。
一方で、ジョン・カーターもデジャー・ソリスも、原作とはほとんど別人と言っていいくらい人格の設定そのものが大きく変わっている。少なくとも、僕の知っている『火星のプリンセス』とはかなり違う物語だ。

だが、それでもあの火星シリーズが映像化されたというだけで十分僕は嬉しかった。僕の「火星」はずっと昔から僕の頭の中にあって、今も寸分違わず頭の中にある。そして、この齢になって、新たに他人の頭の中の「火星」を映画という形で見せてもらったわけだが、それはフランク・フラゼッタの「火星」とも武部本一郎の「火星」とも違う、全く別の「火星」だ。
これは長い間多くの人に愛された物語のファンだけに許された、贅沢な経験だと思う。

興行的には北米でヒットしなかったのが効いて(様々なアレンジを加えたことが許せないというファンは日本より遥かに多かったろう)、空前の大赤字になりそうとのことだ。三部作が予定されているらしいが、果たして続編は作られるのかどうか・・・。
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# by solcov | 2012-05-01 22:43 | 映画 | Trackback | Comments(0)
少女時代テティソに感じる一抹の不安とか
テヨン、ティファニー、ソヒョンによる、少女時代のサブユニット、少女時代-テティソが4月29日にデビューした。
ミニアルバム「Twinkle」は4月29日から全世界一斉配信開始、CDは一足遅れて5月2日発売と、完全に配信に軸足を置いたリリース方式になっている。

従来から少女時代の「歌」を支えて来たのはテヨンとソヒョンで、第二グループがジェシカとユリ、そこにサニー、ティファニーが色を添え、ユナ、ソヨン、ヒョヨンの三人は歌よりもビジュアルとダンスで貢献するのが常だった。
「Twinkle」は「Run Devil Run」以降の少女時代の延長線上にあるのだが、このメンバー構成になったことで音楽面での制約がかなり軽減されたのは確かだと思う。そろそろ韓国内では第二次ガールズグループブームが収束に向かっているようで、少女時代といえども安閑としてはいられないということなのかも知れない。

その割には、と最初聞いた時に思った。

結構いい曲だとは思うし、メンバーが伸び伸び歌っているのも心地いい。
だが、何か物足りない。心にひっかかるものが余りにもない。敢えて言うなら、気持よく「聞き流せてしまう」のだ。

そして、NAVER MUSICで「Twinkle」の紹介文を読んで何となくその理由がわかった気がした。
SMEから提供された資料にそう書いてあるのだと思うが、「Twinkle」の紹介文は通販サイト等々どこを見ても「Jam Factory所属の作曲家であるBrandon Fraley、Jamelle Fraley、Javier Solisなどが参加し、1970〜80年代のスティービーワンダースタイルの音楽を連想させる」とか何とかそういう表現で統一されている。スティービー・ワンダースタイル云々は寝言の類としてさっくり無視することにして(長年のソウルファンは少々違和感を感じる寝言ではあるのだが)、キーワードはJam Factoryだ。

Jam Factoryは韓国を中心とする東アジア諸国のアーティストへの楽曲提供を主たる業務とする韓国の制作会社である(ほとんどは韓国)。元々は版権管理会社だったようで、海外の作曲家の楽曲を使用する際の法的な手続きを代行したりしているうちに、個々の作曲家と契約して制作会社になってしまったのかも知れない。
少女時代の「Oh!」や「THE BOYS」の収録曲も過去に手がけたことがあり、提供楽曲の総数は1,000曲を超えるそうだから、Jam Factoryの手がけた曲はそれと気づかずに聞いていることが多いと思われる。

少女時代は「Genie」でもスウェーデンのD|Sign Musicを起用していて、初期の段階から無国籍なK-POPを志向していた節があり、Jam Factoryのような会社とは親和性が高いのかも知れない。だが、Jam Factory所属の作曲家のうち、欧米組は全員がほぼ無名に近い状態で(韓国の作曲家は当然韓国での知名度がある)、常々SMEが言っているような「ワールドスター」という大風呂敷にはそぐわない感じだ。
また、音楽面においてその無国籍っぽさは「Genie」を超えるものではなく、無難に卒なくまとまった印象ばかりが強くなっている。

はっきり言ってしまえば、Jam Factoryは「アメリカっぽさ」を韓国に売っている会社であって、いかにもアメリカで通用しそうな(実際はさほど通用しない)楽曲を用意するとともに、アメリカで売ろうとした時のカルチャーギャップを軽減するという役割しか果たせていない。そもそも、本気でアメリカで売ることを考えていたら、Jam Factoryに発注するという選択自体が有り得ないのだ(Jam Factory所属のアメリカ人作曲家たちに、アメリカでヒットする曲を作れる才能があるならわざわざ韓国の会社と契約する必要はないだろう)。


「アメリカデビュー!」とか「アメリカ◯◯チャートで1位!」といった宣伝文句が高い効果を上げた例は日本にもあるが、大抵は完全な捏造であったり、チャート集計の穴を狙った数字のマジックだったり、あるいは組織票が動いていたりしたものだ。実際にそれで売れるのだから、その種の宣伝活動自体は否定されるべきではない。
だが、そういう販売戦略を取っていることから考えれば、「Twinkle」の主要販売先はアメリカコンプレックスを刺激する戦略が効果的な地域と判断せざるを得ないわけで、「ワールドスター」などという夢物語は当のSMEすら真剣には考えていないことの証左だと思う。

「Twinkle」は売れるだろうが、それは少女時代が歌うことを前提としての話だ。例えばビッグ・ママのような、歌唱力でテティソを遥かに凌駕するグループが歌ったとしても、少女時代の半分も売ることはできないだろう。
また、最近の少女時代が多分に意識していそうなデスティニーズ・チャイルドが電撃再結成してこの曲を歌ったとしても、「デスチャにしてはね〜」程度の反応しかないはずだ。

音楽を売ることは年々難しくなって来ているらしい。
そんな中、数多くの若者たちが切磋琢磨して自らの技術を磨いているのがK-POPアイドルの世界で、特にその中でも群を抜いて磨きに磨いたグループが少女時代だ。

彼女たちを売る側は、果たして彼女たちの努力に見合うだけの知恵と工夫を出しているのだろうか。
今回のような販売戦略はそう何度も使えるものではないし、一度広げてしまった大風呂敷を畳むのなかなか厄介な作業だ。下手をすると、来年の今頃は伝説のまま消えるか、先細りの道をひた走るかの選択を迫られることになっているかも知れない。もしかしてそれを見越してのサブユニット結成だったのか?

「Twinke」のCDを予約しているにも関わらず、オンライン公開と同時に速攻でダウンロードして聞きながら、そんなことを考えてしまった。

ティーザー動画は3パターンあるのだが、趣味でソヒョンバージョンにしてみた(笑)。
# by solcov | 2012-04-30 16:21 | 音楽(K-POP) | Trackback | Comments(0)
生KARA見て来ました
僕は現メンバーになって以来のKARAファンであり、恐らく日本人ファンとしてはかなり早い段階から孤独に騒いでいたオヤジの一人である。
そしてファン歴4年にしてやっと生のKARAを見てきた。
といっても、大阪城ホールの2階席から見た彼女は空豆程度の豆粒で、一番背の高いジヨンと一番小さいハラ以外は衣装の色でしか判別できないという、余り望ましいとは言えない状態ではあった。
それでも会場の熱気には凄まじいものがあり、特に若年層のファンが多かった。日本のKARA人気は中年層から始まったようなところがあるが、やはりアイドル歌手である以上、若年層に支持されてナンボである。

全曲カラオケだったとか、モロわかりのリップシンクがあったとか、音響が悪くて高音部が音割れしていた(そのせいでギュリはかなり損をしていたと思う)とか、色々残念な点も無くはないのだが、これはあくまでもKARAの5人と同じ空間にいるということが重要な「音楽を活用したイベント」なのであって、そういう点をとやかく言うのは野暮というものかも知れない。
アイドルのコンサートなどというものに行ったのが生まれて初めてなので、特記すべきことなのかどうなのかわからないが、会場が一つの巨大祝祭空間になっているかのような感覚は気持ちのいいものだったと思う。

演歌系の歌手を除き、これまで日本でデビューした韓国人歌手で、ここまで徹底的に現地ニーズ(日本のニーズ)に合致した活動を行い、なおかつ成功を収めた例は今のところない。KARAにあって他のグループにない最大の長所は日本語が上手いことだが、特にジヨンはtwitterでも日本語を使っていることが多く、地道にファンを獲得して来たものと思われる。今回のコンサートでも日本語の口語にかなり近い喋り方で、ファンの親近感もひとしおだったようだ。とにかくジヨンに対する声援がずば抜けて大きかった。
あと、大阪公演限定ではあるが、ミュージカル「美女はつらいの」で長期滞在した際に身に付けたと思われるギュリの関西弁もかなり効いていた(ちなみに、KARAは吉本新喜劇など関西ローカルの番組に何度かゲスト出演したことがある)。
「スター」ではなく、親近感を持たれる「アイドル」として売ろうとするなら、現地の言語でコミュニケーションできる能力は必須ということかも知れない。

韓国でのコンサートの入りがいまいちだったとか、よろしくない情報もあったのだが、日本でこれだけ集客できていれば十分おつりが来るだろう。

コンサートの締めくくりは現メンバーでの最初のシングル「ROCK U」。4年前、初めてこの曲を聞いてファンになった僕にとってもちょっと感無量だった。
さあ、次は6月のT-ARAだ(笑)。
# by solcov | 2012-04-29 20:49 | 音楽(K-POP) | Trackback | Comments(2)
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